シンプルなステンレス鍋なのに、ネットで「片手鍋」と検索すると必ず紹介されています。なぜなのでしょうか?
使いやすさや独特の形状、口コミの多さなど、様々な理由が考えられますが、本当のところはよくわからない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、柳宗理が手がけるキッチンウェアの一つ、ステンレス片手鍋の魅力について解説します。
なぜ多くの人から支持されているのか、この記事を通じてご紹介したいと思います。
また、記事の後半ではデザイナーの柳宗理についても少しご紹介しますので、より詳しく知りたい方は、ぜひ読み進めてください。
柳宗理(ヤナギソウリ)のステンレス鍋は販売から40年以上経過しましが、現在もデパート、ECサイト、キッチン専門店などで取り扱われています。
その理由は、使いやすさと美しさを追求した結果から生まれた機能美にあるからです。
柳宗理のステンレス鍋やステンレスケトルなど、彼の作品をぜひ一度手に取り、その感触を味わってみてください。取っ手を握った瞬間に、しっくりと来る感覚に感動するでしょう。
柳宗理のステンレス製片手鍋
では、柳宗理のステンレス片手鍋を紹介します。形は同じですが、使用する熱源(ガス又はIH)によって定価が異なります。
ガスコンロ対応タイプは3種類
上記、写真をもとに。
- ステンレスミルクパン
- 1.ステンレス片手鍋 口径18cm
- 2.ステンレス片手鍋 口径22cm
IH対応の片手鍋
- 1.ステンレスアルミ3層鍋 18cm
- 2.ステンレスアルミ3層鍋 22cm
IH対応の片手鍋は、ガスコンロでもお使いいただけます。IH調理器とは、電磁誘導加熱という原理を利用した調理器具です。
ここからは、私が2002年から愛用しているガスコンロ対応の鍋を基に、柳宗理のステンレス片手鍋のミルクパンを例にご紹介します。
長年の使用経験から、便利だと感じる点や、改善できたらと思う点なども合わせてお伝えします。
ステンレスミルクパンの3つの特徴
1.考え抜かれた形状と機能的なフタ
最も使用頻度が多いミルクパン約16cm、ブロッコリーを茹でたり、二人分の味噌汁を作るなど少量の茹で、煮る料理に最適です。
しかし、茹で料理で困るのが湯切りですよね。
柳宗理のミルクパンは、そんな悩みを解決してくれます。鍋本体と同じように、フタにも左右に羽根のような突起があり、蓋を回すことで鍋の間に隙間を作ることができます。
この隙間は、沸騰中は蒸気を逃がし、茹で上がり後は中の食材をこぼすことなく湯切りできるという、まさに一石二鳥の機能を果たします。
また鍋に小さな印「○」丸が付いています。これは取っ手(柄)と印○のを合わせることで完全にフタが鍋と合っていることを示し、隙間がなくなります。
2.注ぎやすさを追求した注ぎ口
柳宗理の片手鍋は、右利きの方だけでなく、左利きの方にも無理なく湯切りができるよう設計されています。
初代のデザイン(1963年)では、注ぎ口が直角だったため、湯切り時に蓋のつまみを持つ手が邪魔になり、熱湯が見えにくいという問題がありました。
そこで、現在のデザイン(1999年変更)では、注ぎ口の位置を中心より上にずらし、蓋を持つ手よりも高い位置に注ぎ口が来るように改良されました。
これにより、安全かつスムーズに湯切りができるようになりました。
3.手になじむ、計算し尽くされた取っ手
柳宗理の片手鍋の取っ手は、ただ握りやすいだけでなく、鍋本体の重さと絶妙なバランスを保つよう設計されています。
その計算し尽くされた太さは、手の大きさにかかわらず、しっくりと馴染み、デザインの完成度を高めています。
柳宗理は、「手でデザインを考える」という言葉をよく口にしていました。
見た目の美しさだけでなく、実際に手に取ったときの感触を大切にしていたのです。
技術者やクライアントとの打ち合わせでも、スケッチではなく模型を用いることで、使い心地を徹底的に追求しました。
ステンレス片手鍋の取っ手も、数々の模型や試作品を経て生まれた、まさに「用の美」を体現するデザインです。
そのフォルムは、柳宗理の片手鍋が単なる道具ではなく、使う人の暮らしを豊かにする作品であることを物語っています。
仕上げは2タイプ
ステンレス片手鍋の仕上げには、次の2タイプがあります。
- つや消し(ヘアライン)仕上げ
- 鏡面仕上げ
つや消し仕上げは、髪の毛のように細く長い線で表面と裏面を加工したタイプです。手間がかかる分、上品な高級感を漂わせます。
一方、鏡面仕上げは、その名の通り、鏡のように磨き上げられた光沢のある仕上げです。
材質:18−8ステンレス
18-8ステンレスは、クロム18%とニッケル8%を含有するステンレス鋼のことで、優れた耐食性(錆びにくさ)を誇ります。
しかし、ステンレスだからといって絶対に錆びないわけではありません。
もらい錆や、鍋の中に料理を長時間放置すること、やかんの中をきちんと洗わないことなどが、錆の原因となることがあります。
長く愛用するためには、使用後は汚れを早めに落とし、しっかりと乾燥させることが大切です。
お手入れ方法の詳細は、柳宗理デザインシリーズ・製品サポートサイト をご覧ください。
なお、柳宗理のテーブルウェアやキッチンウェアは「佐藤商事株式会社」ライフ営業部門で取り扱っています。
ステンレスミルクパンのまとめ
- 二人分の汁物を作るのに最適なサイズ
- 機能的なフタで湯切りや吹きこぼれ防止が可能
- つや消しと鏡面、2種類の仕上げから選べる
さすがに20年以上使い込んでいると取手(柄)が熱硬化性樹脂と思われる部分に縦に亀裂が入ってきました。
修理・部品交換
柳宗理のステンレス片手鍋は、修理や部品交換にも対応しています。万が一、破損してしまった場合でも、部品を取り寄せたり、修理を依頼したりすることが可能です。
例えば、ミルクパンの取っ手が壊れてしまった場合でも、715円で取っ手セットを注文できます。末永く安心して使い続けられるのも、柳宗理の製品の魅力の一つです。
修理や部品交換について、さらに詳しく知りたい方は、以下のリンクをクリックしてください。
https://www.yanagi-support.jp/ja/repair.html
ミルクパンの注意点
- 焦げ付きが生じた場合、ステンレスたわしでこすっても完全に落とせないことがあります。
- 洗い終えて通常の置き方(口を上)にすると、取っ手から水が垂れてくることがあります。
- 取っ手から水が垂れてくるのは、洗い終えてから数分後になることもあるので注意が必要です。
- 洗い終えてすぐにガスコンロの五徳に置くと、取っ手から垂れた水でバーナーキャップが濡れてしまい、点火しにくくなることがあります。
焦げ付きにくい鍋はある?
柳宗理のステンレス鍋は「焦げやすい」という声も聞かれます。焦げ付きによって鍋底が変色してしまうため、残念に思う方もいるかもしれません。
しかし、焦げ付きはどんな素材の鍋でも起こり得ます。特に、高温で水分のない食材を調理する場合、焦げ付きやすいのは避けられません。
焦げ付きは、熱による化学反応で食材が炭化することですが、「焦げ付きにくい」工夫が施された鍋は存在します。
ミルクパンのサイズと価格
以下の表は、各サイズの鍋に実際に水を入れて沸騰させられる容量と、仕上げタイプ別の価格をまとめたものです。ミルクパンのサイズ選びや、予算に合わせて参考にしてください。
鍋のサイズ | IH | a,内部深さ | b,取手長さ | c,握り部位 | d,鍋の上端からの距離 | 容量 |
---|---|---|---|---|---|---|
18cm | あり | 約82mm | 160mm | 140mm | 24mm下がり | 約1300CC |
22cm | あり | 約67mm | 190mm | 160mm | 22mm下がり | 約1400CC |
16cm(ミルクパン) | – | 約72mm | 140mm | 115mm | 22mm下がり | 約700CC |
商品タイプ | 本体(フタなし) | 本体+フタ付き |
---|---|---|
ミラータイプ | ¥5,500 | ¥6,600 |
つや消しタイプ | ¥5,720 | ¥7,150 |
柳宗理のステンレス片手鍋が合わないかもしれない方へ
柳宗理のステンレス片手鍋は、その美しいデザインと機能性から多くの人々に愛されていますが、すべての人にとって最適な選択肢とは限りません。
特に、以下のような点を重視される方には、他の製品を検討されることをおすすめします。
- 焦げ付きや鍋底の変色が気になる方
- コストパフォーマンスを重視される方
- カラフルなデザインの鍋をお探しの方
また、以下の機能を求める方にも、柳宗理の片手鍋は適していないかもしれません。
- 汚れが簡単に落ちる
- 洗った後の水切りが早い
- 容量目盛りが付いている
- 軽量である手頃な価格である
これらの点を踏まえ、ご自身のニーズに合った鍋選びをしてください。
焦げ付きにくい鍋の選び方
「無水鍋」を使えば焦げ付きを防げる、と誤解している方もいるかもしれません。
無水鍋は食材の水分を利用して調理するため、焦げ付きにくいのは事実ですが、完全に焦げ付かないわけではありません。
鍋底の変色や焦げ付きを最小限に抑えたい場合は、表面加工が施された「焦げ付きにくい」鍋を選ぶのがおすすめです。
焦げ付きにくい鍋の代表的な表面加工には、以下のようなものがあります。
- エンボス加工
- セラミック加工
- フッ素樹脂加工
これらの加工が施された鍋は、様々な色や形、価格帯で販売されています。ご自身の好みに合わせて選んでみましょう。
デザインが商品を売る
商品とデザインの密接な関係を示す、少し古いですが興味深い話を紹介しましょう。
1952年、たばこ「ピース」のパッケージデザインが、人々に「デザイン」の重要性を強く印象づける出来事となりました。
1500万円のパッケージデザイン
たばこ「ピース」のパッケージデザインを手がけたのは、著名なデザイナー、レイモンド・ローウィ氏です。そのデザイン料は、当時としては破格の1500万円でした。
新聞などでこの高額なデザイン料が報じられると、人々は驚きを隠せませんでした。しかし、肝心のパッケージデザインそのものには、あまり関心が集まらなかったようです。
当時の日本の平均世帯収入は月額約20,822円、年収にして約25万円。1500万円というデザイン料は、一般の人々にとっては想像もつかないほどの金額だったのでしょう。
デザイン変更でピースの売上が6倍に
たばこ「ピース」のデザイン変更後、その売上は前年比で6倍に増加しました。この劇的な変化は、デザインが商品の売上に与える影響の大きさを如実に示し、企業はデザインをマーケティング戦略に組み込むようになりました。
「ピース」のデザイン変更は、企業と外部デザイナーが初めて共同で取り組んだマーケティング事例としても注目され、これ以降、デザインはマーケティング手法の一つとして広く認識されるようになったのです。
企業はデザインの重要性を再認識し、現在では、デザインは商品やブランドのイメージ形成、そして消費者との繋がりを強化するための重要な要素として位置づけられます。
デザイナーと企業の協力関係が一般化し、デザイナーによるデザインはビジネスの成功に貢献する存在となり、デザインの力が商品の売上に与える影響は、もはや疑う余地がありません。
デザイナーによる商品デザインは、商品の魅力や競争力を高め、消費者の購買意欲を刺激します。しかし、デザイナーが手がけたデザインが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。「良いデザイン」「売れるデザイン」とは何か?その答えは、残念ながら明確には存在しません。
最終的には、私たち自身がそれを見極めるしかないのです。
デザイナー柳宗理
柳宗理(やなぎ むねみち)は、1915年から2011年まで活躍した、日本を代表する世界的なデザイナーです。「宗理(そうり)」とも呼ばれています。
彼は、デザインの重要性を広く世に伝え、公共建築からキッチンウェアまで幅広い分野で活躍され、柳宗理が生み出した造形は、時代を超えて愛され、現代のデザイン界にも多大な影響を与え続けています。
東京美術学校の洋画科で学んでいた宗理は、建築家ル・コルビュジェの作品に感銘を受け、独学でフランス語を習得するほどの熱意を見せました。
27歳の時には、旧神奈川県立近代美術館の設計者である坂倉準三の事務所に出入りしながら、デザインの道を歩み始めます。
1941年、コルビュジェ事務所の所員だったシャルロット・ペリアン氏との出会いは、宗理にとって大きな転機となりました。
彼女から、素材、機能、用途がデザインにおいて重要な要素であることを学び、デザインに対する考え方を深めていきます。
ペリアン氏は日本に「工芸指導顧問」として来日した際、宗理が通訳を務めました。彼女は、宗理の父である柳宗悦の「民藝」の思想に共感し、宗理自身もその影響を強く受けた。
1950年、柳宗理は柳インダストリアルデザイン研究所を設立します。当時の日本では「デザイン」という言葉はまだ一般的ではなく、その価値も十分に理解されていませんでした。
しかし、宗理は戦後の物資不足の時代にあっても、デザインの重要性を訴え続けました。彼の飽くなき情熱とたゆまぬ努力が、日本のデザイン界の発展に大きく貢献したことは間違いありません。
柳宗理の作品の中で、公共建築に関わる例
年 | 作品 | 概要 |
---|---|---|
1962年 | 東京オリンピック運搬用聖火コンテナー | オリンピック聖火を運ぶためのコンテナー。シンプルで美しいデザインが特徴。 |
1972年 | 札幌オリンピック聖火台 | オリンピック聖火を灯すための聖火台。円錐形の形状が特徴。 |
1972年 | 横浜市都営地下鉄(ブルーライン)のファニチャーデザイン | 日本で初めてデザイン専門家集団が公共事業に携わったプロジェクト。 ・サインと車体デザインはGK 榮久庵憲司(えくあんけんじ)氏、 ・カラーリングは粟津潔(あわづきよし)氏、 ・建築は横浜国立大学の河合正一(かわいしょういち)教授が担当。 |
1980年 | 東名高速道路 東京料金所の防音壁や中央分離帯のデザイン | 日本道路公団の発注によるプロジェクト。防音壁は波型の形状、中央分離帯は緑地帯を整備。 |
その他 | 柳宗理は金沢美術工芸大学で50年あまり、 教授として教育活動を行いデザイナー育成にも携わっていた。 |
川崎和夫、金沢美術工芸大学時代の恩師、柳宗理
柳宗理は、プロダクトデザインだけでなく、金沢美術工芸大学で後進の育成にも力を注ぎました。
彼の教え子の一人であるデザイナーの川崎和夫氏は、2015年に柳宗理生誕100年を記念した講演会を開催しています。
(川崎和夫:デザイナー、医学博士、大阪大学名誉教授、名古屋市立大学名誉教授、デザインディレクター)
柳宗理が尊敬した企業とデザイナーたち
柳宗理が尊敬した企業やデザイナーは、以下の通りです。
- コルビュジエ(建築家)
- シャルロット・ペリアン(建築家)
- チャールズ・イームズ(デザイナー)
- IBM(テクノロジー関連企業)
- ハーマンミラー社(家具メーカー)
- Braun(ドイツ、電気機器メーカー)
晩年の柳宗理は、ユニクロのファッションを特に好んで着用していました。その理由は、ユニクロのロゴ、価格、品質、そしてデザインに魅力を感じたからだそうです。
2019年には、ユニクロの発刊誌「Lifewear magazine」に、柳宗理のアトリエ訪問記事が掲載されました。
柳宗理は、その長いキャリアを通じて、日本人にデザインの重要性を訴え続け、世界的なデザイナーとしての地位を確立し、彼の作品は多くの人々に影響を与え、彼自身も多くのデザイナーや企業から尊敬を集めました。
彼のデザイン哲学と美意識は、今日のデザイン界においても重要な指標となっています。
日本のデザイン業界におけるパイオニア的存在である柳宗理の遺産は、今もなお語り継がれています。彼の独自のアプローチと洗練されたデザインは、世界中の人々にインスピレーションを与え、デザインの可能性を広げました。
柳宗理の偉大な業績は、現代のデザイン界においても色褪せることはありません。その代表作の一つとして、「バタフライスツール」を紹介しましょう。
バタフライスツール、57,200円の価値とは?
バタフライスツール、定価57,200円。この価格を見て、あなたはすぐに購入を決断できますか?
多くの人にとって、それは簡単ではないかもしれません。
しかし、高価だからといって、購入をためらう必要はありません。バタフライスツールの価値は、お金だけでは測れないからです。
約40cmほどの小さなスツールに57,200円の価値を見出すかどうかは、あなた自身が家具に何を求めるかによって決まります。
- 家具を一生物として大切にするか?
- それとも、使い捨ての消耗品として割り切るか?
答えは人それぞれです。しかし、もしあなたが家具を一生物として捉え、「親から子へ、子から孫へ」と受け継がれるような価値を求めるのであれば、バタフライスツールは、その価値を十分に満たしてくれるでしょう。
バタフライスツールは、1958年にニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定され、現在も日本の天童木工で製造・販売されています。
半世紀以上の時を経てもなお、人々を魅了し続けています。
その美しいデザインは、まさに「時を超えるデザイン」と言えるでしょう。
物は、使う人との間に思い出を育み、日々の暮らしに彩りを添えてくれます。形や機能は変わらなくても、人の成長を見守り、次の世代へと受け継がれていく家具。それは、デザインされた物だからこそ生まれる価値です。
バタフライスツールの誕生秘話
1956年、戦後日本の復興のためにアメリカへ渡った柳宗理は、デザイナー、チャールズ・イームズのもとを訪れました。
そこで彼は、足の怪我を負ったアメリカ兵のために、木製板や合板の曲げ加工技術を用いた足カバーが作られているのを目にします。この技術は、後にイームズチェアにも応用されることになります。
宗理もこの技術に魅了され、「何か作れないか」と試行錯誤を重ね、2、3年の歳月を経て、現在のバタフライスツールの原型を完成させました。
しかし、その特殊な形状と高度な技術を要する製作工程のため、どのメーカーも製造を断念してしまいます。
それでも諦めきれなかった宗理は、ついに工場ではなく工芸試験所で、この難題に挑戦してくれる一人の技術者と出会うのでした。
乾三郎(いぬいさぶろう)との出会い
さらに驚くべきことに、その技術者はイームズチェアにも使われた高周波整形技術を研究しており、後に天童木工のデザイナーとして数々のベストセラーを生み出すことになる乾三郎氏だったのです。
幾多の困難を乗り越え、ついにバタフライスツールの試作品が完成しました。
この記念すべき1号機は、イタリア国際デザイン展(トリエンナーレ)に出品され、見事ゴールドメダルを受賞します。
この快挙が新聞で報道されると、複数の工場がバタフライスツールの製造を希望しました。
その中の一つが、現在も生産を続けている山形県天童市の「天童木工」です。
バタフライスツールのシンプルな構造
バタフライスツールの構造は、驚くほどシンプルです。カタカナの「フ」の字に整形された2枚の合板を、ボルト2個とステー1本で繋ぎ合わせるだけで完成します。
製作当初は畳での使用を想定していたため、畳を傷つけないよう脚部を平らに加工し、畳に2本の線として接するように設計されていました。
しかし、日本の住環境の変化に伴い、畳よりもフローリングが主流になると、バタフライスツールの脚も進化を遂げます。脚部の中心を削り込むことで、接地面を線から点へと変更し、4点で支える仕様になりました。
バタフライスツールの製造・販売元
現在、バタフライスツールは日本の「天童木工」とスイスの「ヴィトラ」社で製造・販売されています。
数十年という時を経てもなお愛され続ける、デザインされた家具。そこには、お金では測れない、独自の価値が宿っているのです。
アノニマスデザインが柳宗理のインスピレーション源
「アノニマスデザイン」とは、作者不明のデザインを指します。
誰がいつデザインしたのかは不明ですが、今日でも存在し、機械生産されているデザインのことです。
柳宗理は、常にアノニマスデザインを意識していました。それは、民藝運動の影響によるものです。
大衆が日常的に使っている道具などは、誰がデザインし、いつ頃から使われていたのか分からないものが多くあります。
長い時間をかけて、今もなお使われ続けている物の中にこそ、真のアノニマスデザインを見出すことができるのです。
アノニマスデザインがなぜ魅力的で、機能的で、その土地や人々に愛され、長い時間使い続けられているのか?
柳宗理は、それを理解することがデザインの本質だと考えていました。
アノニマスデザインから学び、手仕事の良さを機械生産で表現し、時代を超えて愛される普遍的なデザインを生み出すこと。それが真のデザインであり、それを追い求め、作り続けることが重要だと彼は信じていました。
名前やブランドだけが先行し、一時的な流行に左右されるものは、真の「デザイン」とは言えません。柳宗理はそう語っています。
身近にあるアノニマスデザイン
少しだけアノニマスデザインを紹介します。
- ジーンズ、ジーパン、
- 野球のボール、
- 試験管、
- 自転車のサドル
- やかん
- 板前さんの包丁
私たちの身の回りには、アノニマスデザインのものがたくさんあります。
どれも、意識せずに使っているけれど、実は機能的で美しい形をしています。
時代を先取り!白磁のカップ&ソーサー
戦後の材料不足の中で、柳宗理は装飾を省いた白磁のカップ&ソーサーを機械生産しました。
デパートでの販売拒否
白磁のカップ&ソーサーをを三越デパートに持ち込んだところ、「模様がなく未完成品」と見なされ、販売を拒否されてしまいます。
柳宗理は、機械生産された白いカップやソーサーには模様は不要であり、模様は手工業ならではの美しさであると主張しました。無地の白磁こそが、機械生産の美しさを最大限に表現していると考えていたのです。
現在では、このようなミニマルなデザインは広く受け入れられていますが、戦後間もない当時は、華やかな装飾が施されたデザインが人々に好まれていました。
柳宗理のデザインは、まさに時代を先取りしていたと言えるでしょう。
銀座の喫茶店での採用
デパートでの販売を断られた白磁のカップ&ソーサーでしたが、転機が訪れます。銀座の喫茶店「トアエモア」で、この製品が使われるようになったのです。
「トアエモア」の店主はフランス帰りで、柳宗理の白磁のカップ&ソーサーのシンプルながらも洗練されたデザインに深く感銘を受け、自店での使用を決めたのでした。
喫茶店の客が虜に
「トアエモア」でコーヒーを味わう客たちは、柳宗理がデザインした白磁のカップ&ソーサーの美しさに感激し話題となりました。
その評判は瞬く間に広がり、数年後にはデパートの松屋でも販売が開始されるほどの人気となりました。
時代は流れ、今では白い食器や装飾を省いた家具、そして「無印良品」などが、私たちの日常生活にすっかり溶け込んでいます。
デザインにおいて、華やかな装飾だけでなく、シンプルさもまた重要な要素として認められるようになったのです。
現代に蘇る、柳宗理のデザイン
2023年現在、手軽に柳宗理デザインに触れられる、まあたらしい場所として、「上島珈琲店」を紹介したい。
上島珈琲店で柳宗理の世界に触れる
2023年現在、柳宗理のデザインを手軽に楽しめる新たな場所として、「上島珈琲店」が注目を集めています。
ここでは、天童木工製の椅子「T-3035AS-」(価格75,900円)と、柳宗理デザインのカップ&ソーサーで、ゆったりとした時間を過ごすことができます。
椅子はホワイトアッシュ材を使用し、スタッキングも可能。重さは4kgと、持ち運びにも便利です。
カップは、1952年にデザインされた「松村硬質陶器N型シリーズ」をリデザインしたもので、骨灰を主成分とするボーンチャイナ製。
石川県、陶磁器メーカー、ニッコー株式会社が製作を手掛けています。
柳宗理がデザインしたカップで味わうコーヒーは、また格別な風味を感じさせてくれるでしょう。
参照サイト:NIKKO
参考サイト紹介
柳宗理に関してのサイトを紹介します。https://yanagi-design.or.jp/
まとめ「デザインの力、そして「本当に良いモノ」とは」
毎日使うミルクパンがきっかけとなり、身の回りのモノやデザインについて改めて考えるようになりました。そして、柳宗理の誕生日である6月29日を迎え、デザインとは何かを深く掘り下げてみました。
「デザイン」という言葉は、今では日常的に耳にするようになり、サッカー中継でも、討論番組でも、様々な場面で使われています。しかし、その解釈は人それぞれで、明確な定義は、ありません。
この記事では、デザインの本質は「人間」であり、「人のためにモノを創り出すこと」をデザインだと、勝手に定義しました。そして、その目的を達成するためのプロセスもまた、「デザイン」の一部なのです。
デザインは、デザイナーと技術者の協力によって初めて実現します。今回は、そんな「人々のために生まれたデザイン」の一例として、デザイナー柳宗理と彼の作品であるステンレス片手鍋をご紹介しました。
もし機会があれば、ぜひ柳宗理のステンレス片手鍋を手に取ってみてください。取っ手の握り心地、程よい重さ、そして機能美。きっと、何か特別な感触を覚えるはずです。
現代社会は、モノであふれています。不要なモノが7割もあると言われるほどです。そんな時代だからこそ、柳宗理という一人のデザイナーと、彼の生み出した一つの鍋を通して、デザインの力を感じ、自分にとって本当に良いモノとは何かを見つめ直すきっかけになるかもしれません。