芸術、アート理解できないから儲かる、見栄の象徴、理解できないから騙される

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「芸術」または「アート」は必要か?そう考えると私は要らない、はっきりいえる。芸術と名の付く物はいらない

毎年、秋になると「アート・芸術」の文字、イベント開催ポスターを見る。

宗教勧誘のように、いかにも美しく人生を豊かにし幸せになれる錯覚を与えてくれるが、これは誰のお金で芸術祭なるイベントをしているのか?誰のお金で音楽祭をしているのか?疑問に思う。

芸術やアートは利益追求を目的とした商売であるなら少しは理解できる。それは物として買うか買わないかの判断ができるからである。

いらない物は買わない、必要な物は買う、と言うことです。

選ぶ自由、選択の自由がある中で少数派の催事を公金で賄うことに疑問を感じでこの記事を書いている。

あくまでも個人的感想である。

目次

芸術の秋?それ世界の非常識かも

なぜが秋になると「芸術・音楽・読書」などと宣伝文句に使われる。

最近は娯楽の種類が多く芸術やアートなどの単語を使わなくてもメディアの話題にはこまらない。そのせいで目にする機会が少い。

それでも秋に必ずどこかの町で行われている。ごく一部の人のために

毎年、数億円で行う行事が、芸術際、アート展などと銘打って何をしているかわからない、イベントに私達の税金の一部が使われる。

そして我々はなんの疑問を持たずに横目で見過ごす。

運営費は行政の文化芸術運営費で出資され、誰に渡り、どれぐらいのギャラが払われているのか、支払いの詳細が解りにくい。

一部の限られた人々の文化財産なる催事は民間資金で民間企業の助成金で、ボランティアで自由に行うべきである

芸術とは大勢で喜びあったりするものではない。限られた人らの見栄の商品である。

芸術祭、なくていい

なくて構わないイベント。

あっても市民の税金を使わない方法で資金調達しイベント運営してほしいものである。

芸術祭、音楽祭は毎年必ず行われる、これは誰かが儲かるシステムだからやめない。世の中儲からないことは短命である。きれいごとを並べても利益がなければ長続きせず、一度で終了。

しかし誰かに利益が生じると毎回、野外彫刻展、町おこしに紐つけてアート展を開く、町民らは彫刻、絵画を目にしても、関心がない、見ない。地方の学生らが来るだけ。

なぜこのような芸術祭に民間中心で民間企業だけで主催しないか?

答えは利益が出ないからである。

一部の人の利益の為であり、行政は与えられた予算はすべて消化しなければならない。

芸術祭、アート展を見ての感想

国内外の美術館、野外彫刻、音楽、オペラ、など見たり、聞いたりしたがそれらの物、音には感動はなかった。

残念ながら、私には好きな作家、音楽家、指揮者、オペラ、なに一つ無い。しかし自分がおかしいとは思わない。

多くの日本人は私と似ている。

国によっては宗教上、美術、音楽を禁止している国がある。日本ではすべて自由、誰もが芸術から感銘を受けられる。

しかしアートや芸術人気はメディアで騒がられるほどの人気はない。

海外で芸術に感動する要因が一つだけある。

それは観客数、人の数である。そこでは育った国、環境の違いにより、芸術、アート、デザインに対する考え方が違うのです。

お国柄で芸術は違う

例えば、日本の美術館前に常設展示に日曜の午前中、開館前に並んだことありますか?

日本美術館の、常設展示に開館前、列を作っている光景を見たことがない。

海外では日曜日の朝、常設展示に親子連れで、ベビーカーを引いて、開館前に並んでいる。

海外の美術館は平日の夕方は学生らの待ち合わせ場所でもある。

これは美術館と美術に対して考え方が違うからでしょう。

芸術とは身近に存在し、あってあたりまえ、自分の好みを理解して、好きな作家がいるのが普通の生活である。

彼ら彼女らには好きな美術館があり、音楽ホールがある。

芸術イベントは商売

芸術イベントを行うのは、営利追求の「商売」であり、それによって楽しい気分を味わう人もいる。悪いことではない。

やはり、運営資金は主催者が民間企業スポンサー助成企業を募って自由に行うべきである

昔のデザイン授業

芸術と個人のため、デザインはすべての人のため、商品ベースであるかないか。

日本のデザイン授業の始まりは、頑張って高校生のデザイン科に通う学生、インテリア科の学生がようやくデザインと名の付く授業を受けるのが最初かと思う。

先生からは「いいモノ」にふれ、いい音楽、いい絵画、いい舞台、

「いい」と言われるモノ、こと、音に触れるようにすすめられる。

これは、しないより、したほうがいい程度で、いいものの基準がわからない。教えてくれない、売れている物がいい、クラシック音楽はいい、名画がいい、など漠然としている。

高価格、定価の高い物がいい物とされているのが芸術。価格が付いていないないモノはダメなモノなのでしょうか?

低価格なモノはダメなものなのか?いいモノとは何か考えてしまう。

いいモノとはなんだろう」その基準、定理など無いはず、と考えていた。

いいモノの基準は金額

それは「主観的なもの」自分が良ければそれでいい、これこそ芸術、アートでグッドデザインです。

芸術、あるいはアートには、客観性はない。100人全員が、10,000人全員がいいと感じる

芸術、アートは存在しない。

芸術がなくて困ることはない、しかし、あって邪魔になることがある。造形などはゴミにもなりかねない。

音楽も雑音になりかなねい。

かつては多くの芸術、アートを見た。結果は「幻想の世界」を押し付けているだけ。

としか感じなかった。

一部の金持ちの見栄の代償に、解らない芸術性を解ったふり、持っていることに満足している絵画、彫刻、音楽、舞台、これらには何も感動はない。

もともとは芸術分野のパトロンがいて貴族の見栄の道具として存在していた。それを今でもまねしたい、まねしたい人がいる。

考えてくださ芸術アートの存在意義

芸術やアートを理解できない人は芸術に対するレベルが低いから。

こうして批判されるのがカッコ悪いので、高貴に見られたい、カッコよく見られたい、すごいね、と言われたいために、芸術を理解したふりをする。

考えてください、本当に感動していますか?美しいですか?正直に思ってください。

アートは直感で判断するほうがいいらしい、それなら、「直感的にいらない」と思う。

多くの人が興味を持てない芸術や、アートはいらない。

なくてこまらない少数のための芸術を多くの人の税金を使わないでほしい。

個人のお金で個人的に楽しんでください。

芸術より、デザインを選択して豊かな生活を

デザインとは、物や空間、サービスなどの形や機能を意図的に作り出す活動である。芸術やアートとは異なり、機能性や利便性、使いやすさ、安全性などを重視し、人々の生活をより良くするためのものである。

デザインが生活を豊かにする理由

デザインが生活を豊かにする理由は、主に以下の4つが挙げられる。

  1. 機能的である

デザインは、単に美しいだけでなく、使いやすく、安全で、機能的なことも重要である。例えば、使いやすい家具や道具は、生活をより快適にしてくれる。また、安全な交通システムや医療機器は、人々の生活を守ってくれる。

  1. 人のために造形する

デザインは、人々のニーズや課題を解決するために行われる。例えば、高齢者や障害者でも使いやすい製品やサービスは、誰もが快適に暮らすことができる社会を実現するために重要である。

  1. 装飾とデザインは違う

装飾は、単なる美しさや装飾性を重視する。一方、デザインは、機能性や利便性、使いやすさなども重視する。例えば、ただ飾り立てられただけの家具や道具は、生活を豊かにするわけではない。

  1. デコレーションとデザインは違う

デコレーションは、単に飾り付けをすることである。一方、デザインは、意図を持って造形することである。例えば、単に飾り付けされただけの空間は、生活を豊かにするわけではない。

看護師もデザイナーである

看護師は、患者の身体的・精神的・社会的に健康で豊かな生活を送れるようにサポートする職業である。そのため、看護師は、患者のニーズや課題を理解し、それに応じた看護計画を立案・実施する必要がある。これは、デザインの基本的なプロセスと共通している。

つまり、看護師は、患者の生活をより良くするために、デザイン的な思考や行動を行っていると言えるだろう。

デザインは、芸術やアートとは異なり、機能性や利便性、使いやすさ、安全性などを重視し、人々の生活をより良くするためのものである。デザインは、私たちの生活をより快適で豊かにしてくれる。

柳宗理氏のデザインは、私たちの生活に溶け込み、日常を豊かにしてくれる。

柳宗理氏は、日本のデザインの父と呼ばれ、台所道具や家具、建築など、幅広い分野で活躍したデザイナーである。そのデザインは、機能性と美しさの両方を兼ね備えており、今なお多くの人に愛されている。

例えば、柳氏がデザインした「バタフラスツール」は、世界中で愛用されている。また、シンプルで美しいフォルムの「鍋」「ヤカン」などのキッチンウェアは多くの家庭で親しまれている。

柳氏のデザインは、私たちの生活に溶け込み、日常を豊かにしてくれる。身近な台所道具から高速道路防音壁まで、柳氏のデザインに触れることで、デザインの魅力を再発見してみてはいかがだろうか。

まとめ

芸術祭、音楽祭は民間で行い楽しみましょう。公的資金で芸術と名の付く物を押し売りしない。

芸術、アートと言われる物より身近な物を見直し、季節を意識し自然を感じる。

自然風景には感動があり、風、雨、植物、色を感じることに感動が生まれる。芸術アートにそれを感じない。

「芸術やアートは詐欺である」と言われた芸術家の言葉が忘れられない。

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